元月300人鑑定の占い師が明かす壮絶な半生!「引き寄せの法則」でどん底から救われた自己紹介
改めまして私の自己紹介をしたいと思います。自分の事については過去にも書いた事があるのですが、改めて私、叶う子の事をまとめて書いていこうと思います。もうこの際、普段は周りに言いづらいような書きにくいことまで、包み隠さず赤裸々に嘘なく全部書いちゃうことにします!
叶う子(かなうこ)の原点:生き辛さと「引き寄せの法則」との出会い
叶う子とはどのような人間なのかをお話しします。私は幼少期からとても敏感な性質で、3歳の時にはすでに「行き辛い!無理!」と幼心に感じていました。しかしこの頃、誰に教えられるでもなく、この世には「引き寄せの法則」というものがあることになぜか自分で気づいたのです。
当時の私はそれを「願いが叶うやり方」という名前をつけ、一人で引き寄せごっこをして遊んでいました。今思えば、それがすべての原点でした。
過酷だった家庭環境と深く傷ついた幼少期
私の生まれ育った家庭環境は、お世辞にも決して良く無かったです。子供に無関心な父親の影響がとても大きく、幼い私は全く自己肯定感や自尊心が育たず、「自分には生きている価値がない」と思い込んで育ちました。さらに、怒りをコントロール出来ない父が家の中で大暴れして物を壊す事に毎日ビクビクしており、家の中で安心して暮らした事は一度もなかったです。
言葉の暴力や無関心という精神的虐待を受け続ける日々は、本当に言葉にできないほど辛かったです。どこにいても全く自分の居場所が感じられず、「自分は大切にされる価値もない人間なんだ」と当然のように思っていました。
小学生の時から毎晩布団の中でこっそり涙を流す、とても辛い幼少期を過ごしました。
暗黒の学生時代から20代の地獄:ド陰キャ体質と摂食障害の苦しみ
自分自身がド陰キャ体質ということもあり、中学、高校時代もまるで死んだように生きていました。心の病はどんどん深刻になり、高校3年生の時にはついに学校で1日に一言も言葉を発せなくなってしまいました。友達もいらない、一人になりたいと、自分でどんどん孤独の道をまっしぐらに突き進んでいきました。
こんな毎日を繰り返していたことから、当時は漠然と「私は20歳まで生きることはないな」と思っていました。
毎日○ぬことばかり考える日々でしたが、それでも何とかギリギリで生き抜きました。しかし、辛くて泣かない日は365日で本当に1日もありませんでした。その後、とりあえず大学を出て上京し就職したものの、営業のお兄さんに「不倫しよう」と理不尽に迫られ、精神的なショックから数ヶ月で退社してニートになってしまいました。
六本木高級クラブでのNo.1獲得と、寝たきりだった20代の真実
その後、東京で生活をしていくために、自分が最も避けたかった水商売の道へ進むことを決意し、六本木の高級クラブで働き始めました。辛いことも沢山ありましたが、「幼少期の辛い経験に比べたらはるかにマシだ」という超根性精神で、ド陰キャな私でもなんと3ヶ月でNo.1に登り詰めることができたのです。でも、No.1になった瞬間にあっさりと引退し、再びニートに戻りました。
こうして経歴だけを見ると、不幸ながらも要所で成功しているように見えるかもしれませんが、現実は全く違いました。なんと私は、20代の殆どの時間を病んで寝たきりの状態で過ごしていたんです!今思い返すと、当時はどうやってお店に出勤していたのか記憶が曖昧なほどです。出勤している時間以外は、ずっとベッドの上でただ泣いて寝込んでいた気がします。
さらに、過去に父親から「デブ」などの心無い言葉を浴びせられたトラウマから、20代半ばで摂食障害になってしまいました。睡眠薬の乱用も日常化しており、お医者さんに「このままの生活を続けていたら死ぬよ」と警告されるまでに健康を害しました。結局、この摂食障害は30歳になるまで延々と続き、私は本当に生きながら地獄を見ました。あまりにも過酷すぎて、実は20代の頃の記憶って殆ど残っていないんです。
30代で訪れたさらなる試練:閉鎖病棟への入院と婚約者の裏切り
そんなボロボロな暗闇の中、20代後半で運命的に僧侶の先生に出会い、5、6年間かけて色んな厳しい修行を体験させてもらいました。滝行、山岳修行、瞑想、断食など、命懸けの数々の修行体験を通じて、自分自身の内面を根本から見直す貴重な機会をいただきました。しかし、30代になってから、そんな私をさらなる大不幸が襲うことになります。
30代前半、ついに長年の精神の限界が来てしまい、精神科の閉鎖病棟に自ら望んで入院することになりました。世間一般のイメージとは違い、当時の私にとっては「一生ここにいたい…」と思えるほど静かで天国のような場所でした。それくらい、自分がそれまで見ていた現実の目の前の世界が酷かったのだなと、入院して初めて実感しました。
何とか自分を立て直して退院したものの、その後なんと、3年間も同棲していた婚約者に酷い騙され方をしていたことが発覚し、私の人生は再び完膚なきまでに崩壊しました!自宅で倒れてばかりの私を見て、ついに私の母親までもが心労で倒れてしまい、自分の大切な家族にまで大きな悪影響を及ぼしてしまいました。
世界35カ国の旅での復活、そして月300人鑑定の人気占い師へ
その後、いつまでも泣いてばかりもいられないと一念発起し、全く英語が出来ない状態のまま、突然世界35カ国の旅に出ることを決めました。日本を飛び出し、世界の多くの知らない景色や全く異なる価値観に触れたことで、私の心は見事に大復活を遂げました!旅が持つ圧倒的なエネルギーの凄さを身を以て思い知りましたし、英語が出来なくても人間何とかなるものでした。
日本に帰国した後は再びニートになりましたが、母親の強い勧めがあり、占い師としての道を歩み始めることになります。この波乱万丈な人生経験を活かしたスタイルと、子供の頃からずっと得意であった「引き寄せの法則」に特化した占い師として活動を始めました。すると、ありがたいことにデビュー月から毎月300人以上を鑑定する人気占い師となり、多くの人々を引き寄せ体質へと導くことができました。
「引き寄せの法則」は愛そのもの!私が発信を続ける本当の理由
占い師の仕事に、私はもの凄いやりがいと強い生きがいを感じました。現在は引き寄せの法則のおかげで、大好きな仕事をしながら時間やお金に縛られない自由な生活を叶えることが出来ています。私の人生は、振り返ればいつでも「愛」について深く考えさせられてばかりの日々でした。親との関係に始まり、本当の愛が欲しいと一人で泣き続けた切ない人生だったと思います。
とんでもなく辛い人生だったけれど、そんな絶望のどん底から私を救ってくれたのは、子供の頃からなぜか本能的に知っていた「引き寄せの法則」でした。引き寄せの法則は、愛に満ちているからです。引き寄せの法則は、私にちゃんと世界の温かい愛を見せてくれる。引き寄せの法則と共にいる時、確かに私は愛そのものになれました。もし引き寄せの法則がこの世になかったら、私は間違いなく死んでいたと思います。
私が本当に心の底から望む事は、自分自身を救ってくれたこの素晴らしい「引き寄せの法則」を世の中に広く伝え、一人でも多くの「引き寄せ体質」の人を増やして、みんなに幸せに豊かになってもらうことです。もう誰にも私と同じような悲しい涙を流させたくありません。引き寄せを知る事は自分を深く知る事であり、本当の愛を知る事だからです。そして、その強い想いから去年から本格的に発信活動を始め、現在に至ります。ここまで長い文章を読んでくださり、本当にありがとうございました!





