人生を振り返って気づいたこと|「特別」の本当の意味とこれからの私
今まで私の経歴や職歴を色々と書いてきて。水商売にしても占い師にしても(実はこの2つ以外にもライブ配信で稼いでいた事も)
何となく始めた仕事が割と何でも上手く行ったり、もしかしたら私の人生は結構順調だったかのように見えるかもしれないなと思った。しかしそんな事は全然なくって。仕事で起きた事を全て書いていたら莫大な量になってしまうから端折ってるだけで。
結構、いやかなり泣いたりしている。まぁ泣いたり笑ったり、ね。
普通の人生がどうしても想像できなかった
結局私は普通の人生が嫌で、普通の人生を送ってる自分など子供の時から全くピンと来なくて想像出来なくて。自分は特別な人間なのだと思い込んでいて。そして躓き、痛い目を見て。この人生の形は、道に迷いに迷って、結果として出た答えなのだと思う。
誰もが羨ましかった過去
私はいつもいつも人がものすごく羨ましかったし。気が狂うほど羨ましかったし。何なら「私以外の全人類に、私に生まれなくて良かったねと言いたい」と本気で思っていたし。
外に出ると、目につく人全てが「私でない」だけで羨ましかった。これまでの人生は、それ程までに生きにくいと思っていた私が、試行錯誤して必死で生きてきた答えなのだと思う。
「特別」の意味を履き違えていた
そして自分は全然特別な人間ではなかった事にホッとし。特別じゃない人間でも、出来る事がこんなにもあると知る旅だったように思う。
私はこんなにも特別ではない存在で、こんなにも特別な存在なのだ。多分「特別」の意味を履き違えていた。
本当の「特別」とは?
特別っていうのは人よりも優れているとか、人とは格が違うとか、そうではなくて。私はこの世にたった1人しかいなくて、そんな私にしか出来ない事がこの世には確かにあって。
そしてそれは誰しも同じで、「自分は特別な存在」の本当の意味を知った。
幼い頃の自分との約束
そうだ、私はどうして強くなりたかったんだったか思い出した。幼少期、あまりに辛い日々に私は自分と約束をしたんだった。
「大人になったら、必ず助けにいく」
だから私は強くなりたかったし、絶対に何かを成し遂げなければならないと思っていた。でも「全然昔の自分助けに行けてない、こんな自分では助けられない、まだまだ足りない」とガムシャラに頑張ってきた。
特別にならなければと。そのおかげで、たくさんたくさん失敗した。人にも裏切られた。
でも、今となっては全ての苦しかった事に感謝している。全ては今の自分になるために必要だった。
ありがとう、自分!!今までよく頑張ってくれた!!
「持っていない」ではなく「持っていた」に気づいた
いつもいつも自分の人生は最悪!!だと思っていたけど今は最高。あるものを無視してないものばっかり数えてたけど、今は抱え切れない程の素晴らしい事や物、人に囲まれている。
手に入れたんじゃない「気づいた」だけ。とっくに持っていたものに。
塞翁が馬|これからの人生で大切にしたいこと
まさに塞翁が馬
人生何が良くて何が悪いかなんて予測できない。起こったことが幸か不幸かなんて、その時にはわからない。だったら、起こった事の全てを自分の糧にして行く。
これからは自分の経験で誰かを幸せにしたい
今までずっと自分の為に生きてきたから、これからはこの経験を使って人を幸せにしていきたい。
このブログを書き始めて発信を始めたのもそれが理由です。





