月に300人鑑定する占い師だった時の話|5年間数字を落とさなかった理由と天職だと感じた瞬間
月に300人鑑定する占い師だった時の話シリーズこちら
- [第1章]まさかの母親からの勧め
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月に300人鑑定する占い師だった時の話~まさかの母親からの勧め[第1章]
占いに興味ゼロだった私が占い師になり、3年間で1万人以上を鑑定した話 - [第2章]ここで習いました
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月に300人鑑定する占い師だった時の話~ここで習いました[第2章]
NHK文化センターで占いを学び始めたきっかけ - [第3章]ド派手な先生登場
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月に300人鑑定する占い師だった時の話~ド派手な先生登場[第3章]
NHK文化センターで始まった占い師への第一歩 - [第4章]習うから独学へ
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月に300人鑑定する占い師だった時の話~習うから独学へ[第4章]
NHK文化センター卒業後に独学へ進んだ日々 - [第5章]占いの館へ初潜入
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月に300人鑑定する占い師だった時の話~占いの館へ初潜入[第5章]
初めて占いの館へ行き、自分の実力を確かめた日 - [第6章]ついにオーディションを受ける
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月に300人鑑定する占い師だった時の話~ついにオーディションを受ける[第6章]
電話占い師のオーディションに挑戦してプロデビューした話
ついにプロの占い師になった叶う子。
初月から電話占いで300人のお客様にご指名をいただいた。
実はそれは自分の力ではない。在籍した占い会社の圧倒的集客力によるものだった。その占いサイトに登録されている会員数がハンパなかったのだ。
更に新しい先生がデビューすると、もちろん会社はプッシュしてくれる。会員さんに「新しい先生です♡」と積極的に紹介してくれるし、何よりもデビューしてすぐは鑑定料が安い。お客様もお試し感覚で電話出来るのだ。
しかし、いくら安くお試しと言っても、お客様からしたら「プロの占い師」なのである。
デビュー初月は電話が鳴り止まなかった
初めは緊張したけど、何となく「これなら続けられそう!」と思った事を覚えている。
叶う子、生い立ちは暗いくせに持ち前の社交性とお話好きな性格が功を奏した。
1日の待機時間は自分で決められるのだが、最初は勝手がわからないので「会社員の人と同じくらいかな」と、1日に7、8時間の設定をしていた。
デビュー初月は会社がプッシュしてくれるのもあって
電話占いで 8時間電話が鳴り止まない。
これには驚いた。トイレにもゆっくり行けやしない。
この会社の圧倒的集客力を思い知る。こんなに企業努力をしている会社に在籍出来て、しあわせぇ~っ…!(カイジ)である。そしてあれよあれよとヘトヘトの1ヶ月目があっという間に終わる。
新人料金という最低賃金でも、充分食べられるだけの報酬をいただく。
電話占い 2ヶ月目に訪れた現実
そして2ヶ月目。
ぱったり電話が来なくなる。
これは多くの鑑定師が初めにぶつかる壁ではないだろうか。電話が鳴らないのがマジで恐怖!
当然である。新人キャンペーンが終了したのだ。
次の月には先月の私と同じく、更なる新人の先生がデビューしているのだから!!
ここで初めて「これは自分の実力ではない!!会社の力に頼ってたらダメなんだ!!」と当たり前の事に気づく。そこから意識を変え、とにかく自分なりに色々と研究を重ねて悩みながらもお客様と向き合っていく。
中には怒り出すお客様もいる(怒ったり、怒りで電話を切るお客様は千人に5人くらいだったけど。)
正直腹が立つ事も多々あったが、相手も悩み追い詰められた状態の中、縋るような気持ちで光を求めて電話をしてくる。
お客様との間で起こった事、良い事も悪い事もなぜそれが起こったのか自分なりに分析し考え、データを積み上げていった。
シンプルだがコツコツそれを続けていった。
電話占いの経験をコツコツ積み重ねた結果
その努力を会社も認めてくれ、私はその会社が時々催すイベントの「イベント鑑定師」に毎回選出され続けた。そうなる事で、より多くのお客様の目に存在が触れる事になった。
そしてデビューから占い師を辞めるまでの5年間、一度も私は数字を落とす事がなかった。
やっぱりコツコツが1番。結局これ。
最後まで占いに興味は持てなかったが、人を鑑定して幸せに導くお手伝いが出来る事は本当に幸せで楽しかった。お客様を助けているつもりで、助けられているのはいつも自分だった。
私が占い師を天職だと思えた理由
正に私にとって天職だった占い師。
私が自分で占い師を天職だったと感じた理由は、数字を落とさなかったからという訳では無い。これは実際にやってみて分かった事だが、占い師を続けていくには指名をいただく事よりも重要な点がある。
お客様の負のエネルギーを毎日受け続けても平気でいられるか
という点だ。占い師を続けられるか続けられないかは成績ももちろん大切だが、それ以上にメンタルが非常に重要である。とても優秀な先生でも、お客様から受ける負のエネルギーやオーラによりダメージを受け、1ヶ月で辞めてしまう事も多々あるらしい。その点私はノンストレスだった。その証拠に、私は占い師だった5年間、丸一日のオフを年間5日も取らなかった。
自分でも驚くのだが、ハッキリ言ってどんなにネガティブな事を言われても、マイナスな感情をぶつけられても何とも思っていなかった。
「どうでも良い」というスタンスの大切さ
正直、究極言うと相手の人生はどうでも良かったのだ。「どうでも良い」というと、ものすごく酷く聞こえるかもしれないが、この相手への「どうでも良い」というスタンスが実はとても大切なのではないかと私は思っている。
相手に感情移入しすぎては正しい鑑定など出来ない。
万が一でも相手に感情移入しすぎて、「望んだ結果や良い結果を出してあげたい」などと思ってしまったら鑑定師失格もいいとこ。逆に、感じが悪いお客様に「腹が立つから意地悪な事を言ってやろう」と思う事も同じく失格。
決して安くはない占い。そんな事になってはお客様からすると金ドブ案件なわけだ。鑑定師が感情に流されてはいけない。
このスタンスを持って常にフラットな気持ちで鑑定し続けた事が、沢山の指名をいただけた理由だと私は思っている。もちろん私も人間。お客様とは沢山泣いたり笑ったり、時には一緒に怒ったり、かけがえの無い時間を過ごさせてもらった。
お客様の事が心から大切だったから、敢えてこのスタンスを取ったのだ。そして、信条として常に「私に電話をくれたからには、電話して良かったと必ず思ってもらえるようにする!!」と固く誓っていた。
結果お客様がそう感じられなかったとしても、私は必ずそう思って全てのいただいた電話に臨んでいた。おかげ様で、良い口コミを本当に沢山いただいた。今でも思い出しては感謝している。自信がなくなった時は思い出すくらいだ。
この「どうでも良い」スタンスでいられる事について、「私は酷く冷たい人間なのでは無いか…」と悩んだ事もあったが、結果間違っていなかったと思っている。
占いを続けられたもう一つの理由
そしてもう一つ私が占いを続けられた理由に、私は占いに興味がなく、そもそも業界に夢も理想も何も無かった。というものがある。憧れていた職業でもなければ、自ら望んで入った世界でもなかったので、嫌な事があっても「まぁ、こんなもんか。」で終わった。
めちゃくちゃ嫌なお客様とお話してもまぁ人間なんてこんなもんでしょ?としか思わなかった。
占い師として過ごした5年間を振り返って
と、言う事でひょんな事から進んだ占い師の道。
天職となり1万人以上を軽く越える方たちを鑑定をさせていただき、振り返れば本当に楽しい思い出しかない。
もしかして、また気が向いたら占い師をやるかもしれない。





