父親の自己評価80点が教えてくれたこと|他人への期待を手放した日
『叶う子の生い立ち』について
にありますように、私は父親にすごく悩まされ、摂食障害になったのも、精神科に入院したのも、自暴自棄になり人生がめちゃくちゃになったのも、父親の影響(と、自分の悩みやすい性質)が強いと思っている。
今だに父と同じ食卓を囲むと「嫌だな…」という激重な気持ちが出てくるし、息が詰まる。
父親への苦しみと向き合った日々
簡単に言うと、マジでしんど…ネガティブな父だったわけですが、私が大人になって父親の事がやっと少しずつ許せるようになった頃、お父さんは自分の人生に点数をつけるなら何点だと思う?」と、聞いた事がある。
私は幼少期をずっと不安な中過ごしてきて、安心して生活した記憶がなかったので自己肯定感がとても低かった。自分の人生に点数をつけるなら…20点くらいだな。良くて30点。といった感じだった。父親も父親らしい事を家にお金を入れる事以外何もしていなかったので「もちろん私と同じく20点くらいという自己評価を下すだろう」と、思っていた。
しかし、父の口から出てきたのは驚くべき答えだった。
父親がつけた人生の点数は80点だった
「うーん、80点。」は…80点!!?!!!??
私は白目剥いて失神しそうになった。そして、両目が飛び出て床に落ちた。あまりにも想定外すぎて、本当に時が止まった。
いや、自己肯定感高っっっ…
それを聞いて私は、この人の事を恨んでも全く意味がないと悟った。
何せ、死を考える程にまで散々悩まされてきた相手の自分の人生への自己評価が80点なのである。
「少しでも私や家族に悪いと思っていたらそんな点数つけられないだろ…!!」と、心の中で思いっきり突っ込んだ。
人生でこれ以上ない「なんでやねん!!!!!!」である。
私の人生の中で、もうこの先これ以上のなんでやねんは出ないと思う。
自分と相手の認知はここまで違う
私がどんなに恨んでも悩んでも、この人の自己評価はこれなのだ。私があんたの事で悩んで精神科に入院したのをあんたは目の当たりにしたのに!!
はるばる愛知から東京の病院にお見舞いに来て、10分足らずで私に暴言を吐き追い返されたのに…!(看護師さん大パニック)
相手は私に悪いとすら思っていない(思っていても5%程度)。どころか、なぜ娘がそうなっているのかすらよく分かっていない。
じゃなきゃあんな点数はつけられない。そう。これ程までに自分と相手の認知にはズレがある。
相手に期待しすぎることは苦しみの原因
相手に自分と同じ感覚や同じだけの評価を求めるのは無意味!!!相手に期待しすぎる事は自分の首をしめるだけ、そしてそこで苦しむのなんて無駄の極み!!!
人間関係は認知のズレでできている
そして私は思った。これはきっと私と父親との関係だけではなく、日常色んな所で発生している事なのではないか。
例えば恋愛で、自分は全然上手くいっていないと感じているのに、相手は上手くいっていると感じていたり。
自分の持つ理想や期待値により、他者との認知のズレは実は日常の色んな所で起こっているのではないか。家族間でもこのザマなのだから、他人となれば尚更そうなのではないか。
私は父親との関係を通して、自分と他者は全くの別の人間であり、その考え方や捉え方も様々である事を真に学んだ。
いつか分かり合いたいと、いつまでも父親に対して諦められなかった事が苦しんでいた原因だった。
分かり合えなくても良かったのだ。自分のように考える人間がいるように、違う考えの人間がいて当然だと知り、認める事が重要だった。皆が皆、自分と同じ考えをもっているわけではない。言われてみればそんな簡単な事がわからず、思った以上に長く苦しみ、人生の大半をそこへの労力に使ってしまった。
この父親との経験を通して、出会う人を「自分とは違うけど、その人の考えは自分の考えと等しく尊重すべき」と思えるようになったし、相手に勝手な期待をしなくなった。勝手な期待をかける事は、相手にとってもものすごく負担な事だ。
それが分かって人付き合いが本当に楽になった。人間関係の歪みの殆どは、相手に期待をかけすぎて、相手が期待通りに動いてくれないジレンマからだ。
父親を振り返って見えた良い部分
それに父親の事を振り返ってみると、確かに父親らしい事は何もしてくれなかったし、一緒に楽しく遊んだとか思い出らしい思い出もないけど、私から何かを奪う人ではなかった。私から何かを取り上げたり制限したりする人ではなかった。
私が好きなように生きて来れたのも、父親が無関心だからだと拗ねていた事もあったが、正直、何にも言われないのめっちゃ楽だった。
何かを強要してくる訳ではない、東京に出て暮らしたいと言えば別に一切反対もしない、海外にいきたけりゃどーぞ。親に干渉されない事の恩恵はたくさん受けてきた。そうやって落ち着いて振り返って、良いところに目を向けて付き合っていこうとやっとなれた。
それに、父親も親としての経験は姉と私、2回だけなのだ。人生で何かをマスターしようとする時、2回で完璧にマスター出来るものなんて殆どない。仕事でも運動でも、絵を描く事でもそう。父親なんだから完璧に子育てしてくれよ、というのは無理があるというものだ。
父親の80点という自己評価が私を救った
父親が下した80点という自己評価。
それは「人がどう思おうと、こんな人間でも自分に80点つけてもいいんだ」という勇気になった。
父親の自己評価に私は救われたというお話。





